[amtap book:isbn=4122021332]

古文の授業で『源氏物語』に取り組む前にこういう本をサブテキスト(いやメインテキストになるかな)として読んでいたら、どんなにもっと興味が持てたことだろう。ただし高校生の場合は、先生からあまり感心しないね、などと言われてしまうだろうか。私がもし古文の教師だったらぜったいにこの本を生徒に勧める。説明責任だってちゃんととる。

大野晋と丸谷才一はその博学をまったくもったいぶらず、しかもいやみなく披露していて、あらためてそのハイセンスに感心してしまう。ふつうはただの下ネタになってしまいそうなこともさらりと言ってのける。こういう場合は、風格が絶対条件のようだ。

これは下ネタとは無関係なのだが、ちょうど「やんごとない」の意味がばくぜんとしたままになっていたところ、大野晋がずばりと解説してくれていた。これは『源氏物語』の重要な視点という意味からもちょっとメモっておきたいと思った。

大野 『源氏物語』になぜむやみやたら敬語が多いかといえば、お女中が語るんだから、当然なんです。
「やんごとない」という言葉がありますが、これは字引には「尊い」とか「第一流の」と訳してあります。これは「やむ・こと・なし」が語源です。「やむ」というのは「雨がやむ」とか「風がやむ」と使う言葉で自然現象がおさまることです。だから「やむことなし」というのは女官としてお仕えしていて「気持ちの静まることがない」ということです。女官たちが「気持ちの静まることのない」相手とは、つまり身分の高いえらい人のことなので、それで「やむことなし」が「第一流」「尊い」という意味になるわけです。

初めて出合った言葉に対してこういう想像力が働いたらいいだろうな。「やむことなし」を「気持ちの静まることがない」に転化する。私にはとてもではないが無理である。

それから、これも上巻に登場する対話の一部なのだが、私は最高に面白いと思った。少し長くなってしまうが、引用する。やはり『源氏物語』の視点をとらえる上で役立つテキストだろう。

丸谷 ここでもわかるんですが、六条御息所の教養、趣味のよさに、源氏は圧倒されているんですね。
大野 全体に光源氏という人は万能の人だということになっているけれども、書かれている限りでは、六条御息所のほうがむしろちゃんと書き込まれている。光源氏は万能なものだから、かえって描写が散漫になっているところがありますね。圧倒されている感じというのは、つまり、それだけ六条御息所が具体的によく書けているということでしょう。
丸谷 あれだけの才女が、趣味のいい女、教養のある女を一生懸命考えて書いたわけでしょう。だから書けるわけですね。
大野 素朴なリアリズムなんだけれども、六条御息所という人物は、作者が持っている非常な嫉妬深さとか、どぎつさとか、そういう面を全部引き受けて書いてあるんじゃないかという気がします。
丸谷 それは作者が自分のなかにあるものを手がかりにして、それをうんと極端にして描いたんでしょうね。
 ここで男としていささか残念に思うのは、六条御息所と光源氏の歌のやりとりで、必ず光源氏の歌が落ちるんです。(笑)そういう問題について、たとえば藤原定歌なんていう人はどう思ったのかということを知りたい。(笑)

自分では歌のことはさっぱりわからない。けれどもこう書いてもらうと、光源氏の歌がどのような風情を持っているのかが少しわかるような気がしてくる。やや乱暴な言い方をするならば、万能な人にはあまり深みが備わらないということか。歌とは恐ろしいものである。どんなに本性を隠そうと思っても、歌を作るとわかる人にはわかってしまう。

しかしそれにしても、丸谷才一は相手の話の受け方がうまい。読者にとってやや内容が重くなりそうなところで爽快な風を吹き込む。

この件は、じっくり読むと『源氏物語』に対する二人の見方のちがいをよくあらわしているようだ。完全にはかみ合わないからこそ読者を引きつけるのだと思う。

上で二回も述べたが、『源氏物語』を読むための視点について生きた知識が得られることが本書の最大の魅力かもしれない。

出典:光る源氏の物語、大野晋 丸谷才一、中公文庫

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