ぼくらの頭脳の鍛え方 ‐「高次元」の言いたい放題の快感
対談形式を活かしてみんなに是非読んでほしい本を紹介する、という切口を逆手にとって、ふつうは遠慮するようなこともどんどん言ってのけている。思わず口がすべったなと思わせるところなどを読んでいると、アドレナリンが全身を走る。そういう痛快な本だと思う。
ここに登場するそれぞれの本を実際読むかどうかは別として、今回の立花隆と佐藤優のやりとりはインプットしておいたほうがぜったい得である。お互い譲れないところは妥協していないから、こちらのクリティカルシンキングの栄養にもなるはずだ。
特に感じたのは、論理的に劣勢になったときにさらりとかわすことの重要性である。どちらもその戦術を巧みに駆使している。
少し長い引用になるが、お二人の暗黙の了承をお願いして、あの乃木大将のことをめぐっての件を紹介しておく。
立花 僕は、二〇三高地の勝利で、日本人は悪いことを学習してしまったと思っているんです。殺されても殺されても、鉢巻き締めて、突撃していくわけですから、あれぐらい馬鹿げた戦法はない。乃木希典は日本を誤らせた最初の人間だと思う。バカの一つ覚えのような決死隊の突撃をくり返させた乃木は部下の大量殺戮者ですよ。あの乃木を朝野をあげてほめたたえたところから、日本人の戦争観は狂ったものになってしまった。太平洋戦争末期にバンザイ攻撃による玉砕戦法がくり返された愚も、みんなあの乃木のバカをほめたたえてそれを陸軍の伝統にしてしまったところからきている。乃木は自分の過ちを知っていて、天皇の赤子を殺して申し訳ないという気持ちで、明治天皇崩御の直後に自決したんです。
佐藤 私はちょっと意見がちがいます。逆に、乃木希典は名将だったと思っています。彼が天皇に対して申し訳ないと思ったのは、西南戦争で、薩摩軍に軍旗を奪われたことだと遺書に書いてあります。だいたい部下を殺したことに責任を感じて自決するような情緒的な人に、軍の司令官なんてやっていられないですよ。その点、私が外務省にいたころの幹部の人たちのほうが乃木さんよりよっぽど精神的に強い。機械的な計算で自分の出世だけ求めて、部下の犠牲は屁とも思っていない。最強の陣容です(笑)。
立花 それはもう官僚制度の本質的な問題ですよ(笑)。部下の死を何とも思わない。将功なりて万骨枯るが当たり前。これは日本社会の精神文化の伝統なのかもしれない。死者の山が築かれたあとにその死の責任を問うことなど全くせずに、ただただ死者の多さを詠嘆調に嘆き、「海ゆかば、みづくかばね」のような音楽をそえることで、その死の事実に一種の美学的価値を与えてしまう。
話がいきなり外務省に飛んでいるところもすばらしい。やはり「伏魔殿」なのかな。
出典:ぼくらの頭脳の鍛え方、立花隆 佐藤優、文藝春秋
Tags: ぼくらの頭脳の鍛え方, クリティカルシンキング, 乃木希典, 二〇三高地, 伏魔殿, 佐藤優, 外務省, 対談形式, 日本人の戦争観, 玉砕戦法, 立花隆, 言いたい放題
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