Archive for June, 2009
時計をはずして - 貴様、今、漫画という言葉をどういう意味で
[amtap book:isbn=4167546035]
伊集院静は、その作品というよりも本人の風格にいつも圧倒されてしまう。それだけでも敬服に値する作家だ。(もちろん数々の作品もいいのだと思う)。
直木賞をとったときもたしかふつうの居場所ではなかった。その少し前まで綺麗どころに囲まれていた気配すらあった。原稿を書いている最中でもあったようだが。
この『時計をはずして』は、少しでも伊集院静の懐に入っていくには格好の材料だと思う。だいぶ前に書かれたエッセイ集だが、それだけに、ああこういうこともやってたのだな、こういう面もあるのだなと、自分に近づけて考えられるようになる。
知ってのとおりこの作家の今までの奥さんはみんな人も羨むような美人(有名人でもある)だ。でもそれは風格とか無頼とかではなく、そういう隙だらけのふつうの姿に持って行かれたのではないだろうか。
漫画なんて読むわけないだろうと思っていたらそうではなかった。それどころか、当時は伊集院静がファンとして読み続けているものもあったようである。この本の「漫画が好きです」の章を読むとそれがよくわかる。
同じ章に漫画家の高信太郎が登場する。熱狂的猪木ファンなのだそうだ。その漫画家が、ある句会のときに猪木アリ戦の話をしていて、料理評論家Yに食ってかかった。こういうふうに。
「何の話をしてるの?」
「昨夜の猪木とアリの試合の話ですよ」
「ああ、ありゃ漫画だね」
高さんが真っ赤な顔をして立ち上った。
‐貴様、今、漫画という言葉をどういう意味で使ったんだ。
もちろん、この終わりの一行は、伊集院静の気持ちともだぶらせて受け取る必要があると思う。
どうだろうか、一気に親近感が増してこないだろうか。
出典:時計をはずして、伊集院静、文春文庫
生物としての静物 - ただひたすら見ることができる
[amtap book:isbn=4087481298]
サラリーマンになりたての頃に、この『生物としての静物』を買ったようだ。奥付を見ると第一刷となっている。
当時私は、ミニカーや車を除けば、一人前の男ならたいていは知っているような物に疎かった。小説などにそういった類の名前が出てきても、とくに気にとめようとしない。実際にも、伯父がロンジンの自慢をしていても無視というかわからない。誰かに急にジッポーなどと言われてもちんぷんかんぷん。もっとひどいのは、何かの間違いでグランドセイコーを人がくれたのにとくに喜ぶわけでもない。ところがこの本を読んでから少し風向きが変ったらしい。知識を増やせば物がもっと面白く見えてきそうだなと思えるようになったようだ。
今でも数本持っているスイスアーミーナイフの一つを初めて手に入れたこともこの本と無関係ではないようである。
ただし、この作家はウェンガーナイフについてこういうことも書いている。
……これは人間についていえることでもあるのだが、ナンでもカンでも一人前以上にやってのけられる人物が尊重され、貴重がられ、それにふさわしく待遇されている例はたくさんあるけれど、一つか二つのことしかコナせないのに七つ、八つのことを同程度にコナせる人物よりもはるかに高く信愛されるケースがじつにしばしばある。いや、ひょっとするとその事例のほうがはるかに多いのではあるまいかということである。これは人間性というふしぎなものについての一つの示唆である。爪切りは爪を切ること、缶切りは缶を切ることに徹底し、完璧であること。そういうことなのだ。これが”機能”を超えた信愛を呼ぶのである。
ほんとうにそうだ。アーミーナイフのようなものは毎日使うわけではない。多機能に一種の尊敬心を抱いてはいるのだが、何か一つ一つの機能を利用するときはそのための愚直な道具を使う。作家も、この後で、それでも何だか「愛着」があってウェンガーナイフを持ち歩くと書いている。
物は使いつづけていると、生活をともにしている生き物のように感じられてくることもある。しかも一瞬頭を切り替えてただの物としてとらえることもできるから、人とちがって複雑なことを考える必要がない。ただひたすら見ることができる。嘘をつかないとも言えるだろうか。
やっと少しはこういうふうに考えられるようになった。なぜか。それはやはり開高健がこうしてじっくりと物への接し方を教えてくれたからである。
この本には是非文庫本として生き残ってもらいたい。
バムとケロのさむいあさ - みんなでミイラ
[amtap book:isbn=4894231581]
これは長男に私の弟がプレゼントしたものである。もうずいぶん前のことだ。
島田ゆかさんの絵がわりと好きで、今回も読み返してみた。もちろんあっという間に読めるのだが、何と話の結末を忘れていた。子供は一回読んだらちゃーんと覚えているのだろうな。
バムはブルテリア(かな)、ケロは言うまでもなくカエルである。この二匹の特徴は目が出ていることだと思う。とくにケロのほうは二つともぜんぶである。痛そうだ。
バムはケロの世話をよくする。ケロは手のかかる奴なのだ。屋外の移動もバム任せである。
とても寒いので、うらのいけも凍っているはずだということから本題に入っていく。で、いけに着くと、いけと一緒にあひるが凍結している。ふつうはこれでもうだめだろう。
でもあひるを家に連れ帰っておふろに入れて、もとのように元気にしてやる。あひるはその後ケロに振り回され、「ミイラ」にまでされてしまう。このシーンは圧巻である。部屋じゅうの何から何までトイレットペーパーでミイラにされ、かたすみには「みんなでミイラ」という絵本が置いてある。一種のマニュアルなのだろう。
翌朝になるとかいちゃんがいない。置手紙までしてある。いけに帰ったのだ。でそのあとどうなるか。
なんと…いけにつくと かいちゃんが また こおりついていた
懲りもせずまた夜のほしを見ようとしたのだ。このあとバムとケロはどうするのだろう。いろいろと想像がふくらむな、まったく。
出典:バムとケロのさむいあさ、島田ゆか、文溪堂
黒塗りのタクシー - 飲んだ後のお供
[amtap amazon:asin=B000PGZHPC]
駅前で飲んだ後は、たいていこの黒塗りのクラウンコンフォートのお世話になる。ロータリーに常駐しているはずのタクシーが出払っているときは、ひたすらこの形が遠くから近づいてくるのを待つ。
実はこのトミカNo.51を買うまでは、クラウンという名前を冠していることを知らなかった。ただのコンフォートだと思っていたのである。
一枚だけだが客用のドアもちゃんと開く。これから自分が乗り込んでドライバーに行き先を伝えそうな錯覚に陥る。これは1/63スケールのようだが、こんなおじさんでもその気になれば遊べるのだ。
コンフォートは角ばっているほうだし、室内に必要以上の「装飾品」がないので、すわっていてわりと広さを感じる。
コンフォートの公式サイトによると、全幅1695mmに対し室内幅が1455mmとなっている。自分の車の寸法は、調べてみると全幅1785mm、室内幅1450mmだった。たったの5mmの差しかないのに、コンフォートタクシーの室内の余裕感覚のほうが上だ。不思議なものである。
「アメリカ社会」入門 英国人ニューヨークに住む
[amtap book:isbn=414088293X]
この本を買う大きな動機となったのは、スティングの『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』である。この歌を聴いて以来、英国人でもそんなものなのか、と漠然とした思いが頭の中に残っていた。
実際に読んでみると、やっぱり出てきた。こう書いてあるのだ。
あえて言うまでもなく、ぼく自身、「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」である。そのため、まるで自分のことが歌われているように感じるところもある。歌詞にあるとおり、ぼくもコーヒーより紅茶の方が好きだ。ところが、そこから歌詞はおかしな方向へと脱線する。以前、この歌を聞いたアメリカ人から、「イギリスではパンは片面だけしかトーストしないのか」と尋ねられたが、「ぼくには聞いたことがない習慣だ」と答えざるをえなかった。
実はこの部分は全体のトーンをほのめかしている。著者は、英国とアメリカへのこちらの思い込みを打ち砕くと同時に、二ついや日本を含めた三つの文化の狭間で疑問が渦巻いている自分自身の中で、懸命にバランスをとろうとしているのだろう。
ただし、だからといって堅苦しい内容はぜんぜんない。軽妙でしかも抑制のきいた心地良い文体が、読むテンポのようなものを自然と作り出してくれる。なるほど、日本語でもこういうふうにすればきついことを書いたり言ったりしても、相手に救いも残しておけるのだなとも思った。私にとってはこれが最大の収穫かもしれない。
英語をしゃべる機会はごくまれにしかないのだが、いったい日本人としてどういうふうに英語の音を出せば一番無理がないかとよく考える。上手とかそういうことではなく、そうプレーントーストみたいなスタイルをつかみたいのだ。ドイツ語がいいかなとも思っている(もちろん音だけの話)。だから次の件はすごく印象に残った。
同じ言語を話しているというのにおかしな話だが、われわれ英米人にとって、お互い相手の話し方を真似するのはとても難しい。ぼくはアメリカふうに英語を話すのがおそろしく下手なので、頼まれても絶対に断っている(正直に言って、ぼくはアメリカ英語よりも日本語の方が上手に話せる)。アメリカ人のイギリス英語はさらにひどい。イギリス人がアメリカ英語に接しているほど、アメリカ人はイギリス英語に接していないためだろうが、アメリカ人が根拠なく「自分たちはイギリスふうの発音もできる」と思い込んでいるのも一因だと思う。
英国人でもこうなのだ。だったらやはり、いまだにしきりと「ネイティブのように」とけしかけるのはおかしくないか。たぶん著者はここでそういうことも暗に強調したいのだと思う。
何とか無事大人になってみると、いかに頑固な石の塊みたいなものが頭の中に形成されるか。でもその料理の仕方によっては、自分を笑い飛ばすことだってできる。この本を読むと、そう思い直すきっかけももらえると思う。
出典:「アメリカ社会」入門 英国人ニューヨークに住む、コリン・ジョイス、日本放送出版協会
よつばと!(1) - とーちゃん!!このいえクーラーあるか!
[amtap book:isbn=4840224668]
ほんとうに久しぶりに紀伊国屋書店の洋書コーナーに行った。といっても今回はマンガの立ち読みである。日本の人気マンガの英語版ね。
表紙で、小さな女の子と、いいお兄さん風の父親らしき男が畳の部屋で横になってうたた寝しているところが気に入って『YOTSUBA&4』を買った。家に持ち帰って一気に読んだ。よつばがお隣の家族なんかと一緒にマス釣りをするシーンが自分の経験と重ね合わせになり、セリフはみんな英語だけど何だかマンガの中にワープしてしまった。
で、どうも家族関係とか、よつばがどうもインターナショナルらしいとか、謎が出てきたので翌日すぐに近所の書店でこの『よつばと!1』を買った。背景だけをつかめればいいと思っていたのだが、このシリーズは日本語で読んでも面白い!
まず、いいお兄さん風の父親らしき男と想定してた人は、やっぱりとーちゃんだった。ふつうの父親と子供という関係ではないらしいけれど、とーちゃんだ。このとーちゃん、いい男だけどどこかぬけてる。そこがすばらしい。足なんかも細くてすらっとしてるのだ。
よつばは、ある意味すげえ危険な子だ。実際いろんな危険に出くわす。周りも巻き込みそうになったりする。でも考えてみるとこれは当たり前なのだ。子供はみんなそうじゃないか。じゃなきゃおかしい。
まだ幼児ってこともあるけど、言葉は男勝りである。とーちゃんの影響かな。とーちゃんしかいないし。こういう調子。
「とーちゃーん!!」
ダダダダ!!
「なんだ?」
「とーちゃん!!このいえクーラーあるか!?」
美しい女もちゃんと出てくる。あさぎちゃんだ。私の好きな作家の一人の川上弘美さんは若い頃こんなだったんじゃないか。あさぎちゃんはお隣の一家の中の長女。美人でもつんつんなんかしてない。こういうのは好きだ。いや男にはきついのかもしれないが。
さて、ほかのことは追々書いていくとしても、これだけはまず報告しておきたい。とーちゃんの職業のことだ。いつも家にいるみたいだし、そこんとこだけなーんかオレみたいだと思ってたら、翻訳家だった。これはびっくりした。翻訳家が中心になっているマンガなんてほかにあるのか。これはほかのもぜんぶ読まなければならない。
出典:よつばと!1、あずまきよひこ、電撃コミックス
ストリートスマート
[amtap amazon:asin=B00159Z8Z2]
ここのところストリートスマートという言葉が気になっている。きっかけは先日読んだ岩谷英昭さんの『松下幸之助は生きている』である。その中で、ストリートスマートの大切さを身にしみて感じたと岩谷さんは言っている。路上で吸収した学問のことだ。
地頭(じあたま)という言葉があるが、これにも共通しているだろうか。
ストリートスマートには大きな広がりがあるようだ。たとえば、このエディゴメスのCDを聴いた限りでは、もちろん松下イズムとはまた別の意味が感じられる。むしろアウトサイダーのにおいがプンプンしているみたいだ。バックストリートではないのだろうな。
こういう質問があのAbout.comに載っていた。
Are you street smart?
これは身を守るための心得である。
(ついでに、All Aboutを見てみた。何だかこのサイトでは元のAbout.comの良さが失われているような気がしてならない。なぜだろう。やっぱりフォントのせいもあるのだろうか)。
ところで、つい最近読んだ、沢木耕太郎の『チェーン・スモーキング』でもストリート・スマートの世界が広がっている。これがいちばん本来の意味に近いような気がする。書を捨て街に出ようの「街」がストリートなのだな。
Jeepラングラー - クライスラーの秘蔵っ子かな
[amtap amazon:asin=B000WZ5OZO]
親戚に整形外科医が一人いる。名医と言われているらしい。たしかに会ってみるとふつうの医者にはない風格のようなものがあった。それはさておき、その人は、Jeepラングラーを通勤に使っていた。病院の駐車場のどこに置いてあってもすぐにわかる。色はダークグリーンで、ハードトップタイプだった。
一度運転させてもらおうと思っていたのだが、そのままになっている。好きな釣りにも使っていると聞いたが今もそうだろうか。
このJeepラングラーは黄色だが、トミカシリーズの中でトップクラスの仕上がりだと思う。全体のバランスがいい。タイヤとホイールもちゃんと雰囲気を出してある。ほかのトミカ製品のように「均一」のホイールではない。
Jeepのロゴを使わせてもらうときにクライスラーから言われたのだろうか。車体の裏に、(C)Chrysler LLC 2008という文字がプリントされている。たしかにクライスラーと聞いてピンと来るのはJeepくらいしかない。
オバマ大統領が国民ひとりひとりの仕事ぶりをチェック

オバマ大統領が国民ひとりひとりの仕事ぶりをチェックしはじめました。面会のために並ぶ国民の列はホワイトハウスをグルリと囲んでいます。そのうちあなたにもオバマ大統領からメールが届きます。お待ちください。
日産GTR - まるで昆虫の口のよう
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パッケージに入っている状態では、ホイールとタイヤにやや違和感を抱いた。何だか妙に突き出しているように見えたのである。けれども開けてみると、それほどでもない。
本物の顔を見てみると、何とかがんばって再現したことがよくわかる。
たった一度だけだが自分の後ろにGTRがついてきたことがある。口のところが何かに似ている。そうだトンボだ。
肝心のGTRのエンブレムはどうかなと思ってよーく見てみた。うむ健闘している。ちゃんと色分けもされているし。これは大変だったと思う。
前にも書いたが、トミカは各メーカーのエンブレムに強い。なぜなのだろう。
ところで、GTRは国外に出るとさらに迫力が増すようだ。ドイツなどでは愛車のポルシェをやめてGTRに乗り換える人もいると聞いた。
自分では買えないので友人にこっちにするよう頼んでみたい。友人は無理してジャガーXKに乗っているのだ。


